09,05,15 14years はりのおと
……その日は、みんなどこかそわそわしていた気がする。
私は「クララ」にお辞儀とかの復習をさせられていて、その後お化粧もいつもと違うやり方で調整させられて、………いつもよりも丁寧に、ラメやらパールやらを顔にも張っていた。
「………やはり、似合いますね。「オーロラ」さんは。」
「クララ」が笑いながら、自分の色に近いキラキラを貼る。
でも、こういうのはたぶん、それこそ「クララ」さんのほうが似合うのになあ、なんて思っていた。
扉が開く音がする。
振り向くと、そこにはいつも来ない「カルメン」さんが、珍しい白と赤の服を着ていた。
「忘れ物。」
そういって、近くにあったコサージュをつまんで、私のほうを見た。
いつもより、穏やかな目つきだった。
「……いいじゃない」
それだけ言ってまた、あわただしく抜けていく。
………その後ろで、貴方が少しだけのぞいていた。
……いつもの、人懐っこい、でも少し寂しそうな笑顔をして、また、かけていった。
大広間に、舞台に、すべて。
まるで本にある大舞台のように装飾され、たくさんの布で覆われた部屋に。
姿勢正しくたった「カルメン」さんに一例されて、私も応えて。
そして、頭を下げて構える。
……本をめくる音。
「物語はここから始まります。」
かかる、私の練習していた音楽と、読み上げられる言葉たち。
「今宵の演目は、夢の中」
声が通ると、今までよりもより沈黙はその音楽と一緒になって、
美しいものだけで現実が満たされている気さえした。
「舞台は一国、薔薇の城。
祈りを捧げ、あるがままの少女は世界と共に微睡みます。」
………そんな柄ではない、不思議な名乗りだった。
なのに、どこか、落ち着いている自分がいた。
「貴方にその名を手向けます。演目名、「眠れる森の美女」」
そういった「カルメン」さんは、私の頭に、薔薇で出来た冠をのっけた。
それは、お姫様がするにしては少しとがっていて、それでもすべてが甘くピンク色で包まれていた。
………プリマ、一礼を」
言われたとおりに、方向を変え、人を見てお辞儀をする。
拍手が聞こえる。お辞儀をした顔を上げる。
いつも見なかった先輩も、よくわからない先輩も、「クララ」も、
…………そして、あなたも。
それぞれが拍手をしていて、なんだか不思議だった。
……それこそ、夢みたいに。
このあと、本来ならごちそうがどうとか言っていたけれど、私はいつもどおりだからでなくてよかった。
…………でも、部屋には、なぜかお皿がおいてあって。
しばらくしたら…………
やはり、あなたが来た。
「………持ってきた。」
最近すごい量の食事をとる貴方は、お皿を両手に抱えていて、しかもそれに……知らない、ものがたくさんのっていて。
………どこか、目線も高くなってきていて。
どこかわざわざとする心を抑えて、いつもより派手な私はそこで貴方を見ていた。
目が合った。
あなたは…………何故か、顔をそむけた。
「え、っと。………オーロラ。……」
下を向く貴方。なにか、したっけ。
…………なにか。
でも、貴方は顔を横に振って、いつも通り、笑った。
「…………一緒に、食べていい?」
…………。
頷いた。
同じように隣に来たあなたは、いつもよりもずっと大きくて、いつもよりもずっと骨ばっているように見えた。
たりないんだ、なんて言いながらすごい勢いでご飯をかきこんで、掃除していく。
そこに、何かを見た気がして、少し、目をそらした。
また見ても、違和感はそこにいた。
見れば見るほど、でてくる。指の先。こんなに、長かったかしら。肩幅もこんなに、とがっていたっけ。……足の、骨もこんなに出っ張っていただろうか。……首筋に、のこってる、そのでっぱりも……食べる、大きな口と、その、目。
……こんなだったっけ。
わたしの、やわらかくて、……ちいさい、あなたは。
「………どうしたんだよ」
ふと、声をかけられる。そこで、ようやく私の目の前がゆがんでいることに気が付いた。つられていくつかの宝石やキラキラが服に落ちてしまっている。吹かないと怒られてしまうからと取り出したティッシュも、すぐに使い物にならなくなる。
きれいなものが、わたしのおけしょうが、すてきな、まほうが。
きえていってる…………。
「……その、オーロラ。……」
あなたが、わたしをみて、大急ぎでお皿をおいて、こっちに近づいてくる。ティッシュをもって、わたしの顔に、すこしだけ、触れて、………気にしてるのが分かったのか、服をふいたりもしている。
それは、確かにいつもの彼で。でも、手は違う人の、でも、なくて。
…………嫌だ。
あなたがほかの「なにか」になるなんて、やだ。
私は貴方の名前を呼ぶ。
あなたはやさしいこえでへんじをしてくれる。
そのはずだ。
あなたは。
あなたは、わたしのことをきたないとかいうひととは、ちがうはずだ。
そうだよね。
「そんなこと、言うわけないだろ。」
あなたが返事をする。私のてを、きゅっと握って。
…………握っている手は本当に彼の手?
……あたまが、いたい。………うるさい……だれ。これはあなたの。これはあなたのだ。
「………ほんとうに?」
口から声が出た。
いや、「誰かが勝手に言った」。
あなたはその言葉を聞いて困った顔をした。
そして、下を向く。下を向いたってことは、疑わしいってこと?
いや、よく、わかんなかっただけで、………本当に?
…………。
「オーロラ。……どうしたの…?」
動けない。……あなたの声が遠い。
どこにいるのか、わからない。
ここにいるのはたしかにあなた。ならあなたはどこ?あなたはどこにいくの?
また、わたしをおいていくの?
…………背中に暖かいものが触れる。ゆっくりとなぞる。
それはたぶんあなたの手だ。多分、あなたのだ。
だいじょうぶ、大丈夫、だいじょうぶ。
わたしはあなたの名前を呼ぶ。
「なーに」
目を閉じて、あなたの声だけを聴く。
だいじょうぶ、あなたはまだそこにいる。
だいじょうぶ。
だから、おねがいだから。
「………どこにもいかないで。」
あなたは、息をすって、言った。
「いかないよ。」
しっかりとした声のどこかに、かすれた音が混じった。