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21,06,25 Day19 アナフィラキシー

思い出せない彼。ずっと付きまとってくる、声。

私の大切なのに思い出せない人。

…………どこか上の空になって業務をこなしつつ、ずっと、考えていた。

でも、そのたびに頭にもやがかかって、考えられなくなって。

耳鳴りがひどい。

……………ずっと、寝ていたかった。

起きるといつも通りレーテがいた。

挨拶をして化粧をして。

おはよう、って声をかけて、よぎる影にまた、誰かを見たような気がして、そのまま。

どうしても、話しかけられなかった。

業務中や業務後、色々な人と話した。

どうやらここの人たちは不思議の国の人が多くて、誰もがなぜか穏やかに接して、

なんなら話しかけきた…………のも。警戒するだけ無駄みたいで。

………。

お姫様、みたいな人がいた。

怒るのに、なぜか、こっちを見て手を伸ばしてきた。

何故だかわからなかった、私に、すこし遠い感覚がした。

怖いと思った人がいた。

一転して急に別の話をして、そのまま帰って言った。

不思議だった。ただ、…………何かがざわついた。

おしとやかな女の子がいた。

…………ずっと、夢を見ているような子だった。

一緒に踊る姿に何かを見た。

語り部さんがいた。

演目に夢中になって、色々なものを探していた。

童話を語るたびに、こちらを伺うたびに、心がざわめいた。

男の人がいた。

苦手なものをだしたら、お互いに苦手だけのこった。

言葉が出ない感覚に、のどが詰まった。

頭のいいこがいた。

おたがいに、お手紙を書いた。

話しかけられたときの人懐っこさに、ほおがゆるんだ。

わたしが、はなしかけると。

おいしいものを教えてくれる人たちがいた。

手渡しに、ぬくもりを見た。

ほっとした顔に、食べるところを見る目線に、見えたものがあった。

掃除をしている人がいた。

手伝うと満足そうに話した。

肯定してくれる姿に、背筋を伸ばした。

…………。

あなたみたいに、ごはんをもってきてくれるひとがいた。

いっしょに、たべるっていったのは。ほんとうのいみで。

わたしは、…………あなたとも、やってみるべきだったのだろうか。

…………。

あなたみたいに、やわらかくわらうひとがいた。

いつものように、おねえさんみたいに、わらいとばして。

わたしは、…………あなたにも、おなじこころを、しめせたのだろうか。

…………。

あなたみたいに、ずっとそばにいる、おとこのひとがいた。

………わたしは、

…………わたしは、どうするべきだったんだろう。

わたしは。

……あれから、レーテを見るとき、何か、小さなかけらを感じて、少し手が強張ってしまっていた。

だからか、離すことも、話しかけられてからになってしまって、上手く話せなくて。

ただ、隣にいて。

…………隣にいても、ざわつく声が、するからいけなくなって。

ご飯の時、レーテが食べてるのを見て、つらくなって席を立ったり、なんかして。

………レーテは、何も言わなかったし、気が付いてないといいな、って思う。

私はどうしちゃったんだろう。

そんな気持ちばかりがうるさくて離れなかった。

…………それと共に、夢に頻繁に出てくるようになった、あなたを探していた。

きっとそれが答えなんだと、そう信じて。

​その日はすぐに訪れた。

​食堂の後ろにあった、見知らぬはこに、可愛いものがたくさんあった。

すると、横からそれを取って食べていく人がいた。

ハート、リボン、猫、パステルカラー。

知っている人もとるから、私も見ていた。

………とても、かわいい。

口に出すと、とある人が振り向いた。

身長の高い、リボンのついてる、白い人。

「あ、こんばんは、であります。…………お褒めのお言葉、ありがとうでごさいますで、あります。クッキーはご自由で、ありますから、ね。」

穏やかにわらって、でもないている、人。

…………。

「……す、すみません。……えと…………」

めせんをそらして、おいてある可愛いものを見る。

「クッキー、なんですか。」

ぎくしゃくした動きで、立ったり座ったりしてその人は続ける。

「い、いえ、こちらこそ、驚かせちゃって、申し訳ありませぬ。あ、と、はい、クッキーで、あります。…………えと、今、またクッキー、焼いているでありますが…見ます、か?」

…………わからないことが、たくさんならんで。

質問癖がうつったのか、くちから出てくる疑問。

「……クッキーって、……ふくろ、とか、缶、とかに。……入ってるんじゃ、ないん、ですか。」

すると、そのひとはいろんなことを話した。

 「ん、と…袋や、缶に、入ってたりは、するでありますね。ラッピングとか、詰め合わせとか…。でも、入れられる前に、その形になる、工程が、あるのであります。小麦粉とか、卵とか、色んなの混ぜたら固まる、ので、それを伸ばして。それで…」

なにかをさがすと、銀色の星や猫、リボンの形がでてくる。

「これで、好きな形にして。オーブン…は、わかるでありますか?熱くする機械で、焼くのであります…すみませぬ、わかりづらい、でありますよね」

「……。」

こうてい……たまごはわかる。

こむぎこ、ってなんだっけ。

なんか、いろんなことするの?おーぶん、やく、……。

ただ、形を変えられる、らしい。

……かわいい。

し、よく見ると、そこに並んでるのとおんなじだ。

ってことは

「……つく、った、の?」

うりものじゃ、ない?!

「そう、でありますね。えと、美味しくて、かわいくて、好き、であります。ので、ボクは、作って、おります」

楽しそうに話すその人。

「……くっきーって、作れるのね?…すごい……! あ、すごい…ですね。……えっと、……」

なんも気にせずはしゃぎそうになって、……あわてて直して。

目を逸らす。

……髪のリボンが揺れる。

ただ、急に目の前の人が怖くなくなった気がして、

「……見…ても。いいんですか……?」

「はい。もちろん、であります……えっと、オーブンには、窓みたいなものが、ありますので。そこから、見られるので、あります」

と、その人は箱を指し示した。

「……うん。」

わたしはそれにそって、移動する。

確かに、なんだかよくわからない箱がある。

オレンジ色の光がもれてて、それに、

「……あまいにおい。」

これは、知ってる。食べた時のとおんなじ。……覗き込んで、並んでて。

「……ほんとだ…。」

「…いいにおい、でありますよね。ボク、この時が、一番好きであります。あと少しなんだなぁって、わかって」

ふと時計の針を見る、そのひと。

「…あと少しで、焼けるであります。そしたら、出すので、天板…クッキーを乗せてる、鉄の板でありますね。とても、熱くなってて、 触ると、火傷しちゃうので…ちょっと、気をつけてくだされ」

いろいろなことをつけたしては、また、前に移動して、箱の上から作業をはじめた。

機械の軽やかな、高い音。

やきあがり。

あついから、ダメと言われたので後ろに下がる。

ただ、不思議な人の魔法でつくられる、クッキーを見ている。

とりだされて、本当に出来てて、シンプルで。

それが上に挙げられるまで、動かずにじっと見つめていた。

「………。」

あなたの顔を見て、クッキーを見て、自然と口元が緩む。

「…あとは、クッキーが食べられるくらいのあったかさになるまで…だいたい30分、くらいかな。もっとの時も、あるけど、冷ますのであります。そうしたら、完成で……時々、色を乗せることも、あるでありますが。それもまた、かわいいでありますよ」

そのひとも、嬉しそうに、笑った。

「…えっと、時間、かかっちゃうし、良ければ、でありますが…焼きたて、食べ、ますか?」

「………。 いいの……?その……お返し……えっと……」

なんだかすごく贅沢なことを簡単にくれる人だ。

目の前にあるおいしいのと、かわいいのと、においと。

新しいことばかりで、本当にすごいのに。

「……なにか……」

考えて怖くなって、でもこんなに素敵なもの思いつかなくて。投げかける。

とそのひとは、つづけて。

「お、返し…ボクは、お言葉を頂ければ、とっても嬉しいであります。作ってて、感想を頂けることは、本当に素敵なことなので…」

つけたして。

「……けど、もしも、それでは不安?だったり、何か、であれば…」

足元を、見られた。

「………踊り、バレエ、を、見せていただいても、よろしいですか…………。生前、ある方に、見せていただいたことが、あったので、あります」

「……あら。」

たしかに髪の毛にリボンがついているとは思っていたけれど、バレエについていきなり切り出されたのは初めてだった。

……すこし、うれしい。

「……知ってるん、ですか。……ありがとう……なにか、見たいものとか、ありますか。」

「その…バレエ、には、演目?が、あるの、でありますよね。ボクは、それらのことを、はっきりと、詳しく知ることが、できていなくて。だから、キミの知っているものを、見せていただければ、嬉しい、で、あります」

そうやって続けるその言葉に、私はなにか、ふと、気になった。

………演目?

「もしかして……」

目線を逸らして、違いない、と思って。

「赤い靴事務所、ご存知?……」

「…えっと、キミの言う事務所の、詳細は、ボクはあまり、知って、おりません。………が………ボクは、キミの知っている、方を、知っているかもしれません」

「………。」

悪寒。

なんだか、誰かに見られているような気がした。

「……えと。」

聞きたい、けど、聞きたくない。

………。

「そう。……なの。……」

クッキーの匂いも、今までの何かも、どこか遠くに感じて。

しずかに、時が流れたのが、おそろしくて。

………でも。

「………そう、で、あります、ね」

「……そう。 ……えっと。」

こわい、けど。

付け足して。

「……演目、で話をするのは。その……事務所の、特徴で。……多分、名乗りがあったりとか、すると思うのだけど。 何番とか、言ってたり、した……?」

緊張する。

「…ごめんなさい、何番だとかは、記憶にないで、あります。…はっきりと、お話したのは、ボクが彼のバレエ、を見させていただいた、数回、でありましたから。ボクがお話できるのは、彼の名前と、靴の色、であります」

………彼。 彼、と。

いえる、くらいって、こと。

……つまり。 目を瞑って、深呼吸した。

「…………それ、は?」

「………………彼は、テレプシコラ、という方で、ありました」

「赤い靴を、履いておりました」

テレ、プシ、コラ。​

目を見開いて、 手から、力が、抜けて。

…………あ、あ。

どうして忘れていたんだろう。

体が震えて、私の前に、あの笑顔が、

あのぬくもりが、手の感触が、

あなたの、息が、しみついて。

…………どうして、わすれていたのか、だって。

全部がとおのいていく。全部が溶けていく。

あなたはもうここにはいない。

ああ。わたしは。わたしが。

すべての記憶が、あいていた場所が、うまって、あなたが、あなたが、とおくて、とおくて、しかたなくて。

テレプシコラ。

わたしはあなたを、あなたを、夢見ていて。

わたしが、あなたを、

殺し……………………。

…………。

………。

いきが、くるしい。

「……そう。

……。

…………。

……ごめんなさい、……ちょっと、ほんとに……

 

失礼しますね」

逃げ出した。

あたまがいたい、みみなりがうるさい、あなたが、あなたがみえる。

あなたがきえる。あなたがいなくなってしまう。

いやなのに、いやなのに、

逃げれば逃げるほど、それは私だった。私だった。私だった。

おねがいだから、ゆめならさめて。

おねがいだから。

私が私を追いかけてくる。

わたしが、わたしをころしにくる。

どうしてまだ生きているの。

どうしてそこにいるの。

はやくでてって。

私は、わたしは、

わたしはちゃんと、「かいぶつ」にとどめをさしたはずなのに!

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