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21,06,11 Day9-2  逃走、転落、凍傷と熱

ドアを開けると誰もいなかった。

……誰もいないと、この部屋も簡素だ。

どこにあるかわからない部屋にカーテンもなく、我々が詰め込まれているのは不思議な形の箱で、ベットもなく。

棚に置いてあるのは私の裁縫道具だけで、前のようなアクセサリー入れもない。​その代わりとしてあるのは、個々の化け物からとれた、奇妙なアンティークと衣装だけだ。

……隠れられる場所もなく、ゆっくり自分の容器に収まる。

暖かい手とか、棺の中の白いシーツとか、彼女の揺れる髪とか。

忘れてしまっただれか、とか。

眠れないと分かっていて目を閉じて、首に触れて、暗闇がうごめいて目を開けて、息が苦しくて。

繰り返して、繰り返して。

……そうこうしているうちに、レーテが返ってきた。

反射で身構えることはなかった。ただ、帰ってきたあなたが、どこか遠くを見つめているのが、ぼんやりと見つめているのが嫌で……その傷が貴方にも残ってほしくなくて、支度をする。

頭の中に、人の声が重なっていく。

取れる位置にあった救急箱。脱ぎ捨てたバレエシューズ。

「……大丈夫そう?」

私のためにも声をかける。と、ようやく戻ってきたみたいに私を、こちらを見た。

「……うん、もう大丈夫。……すみません。」

さっき言ったこと、しっかりと覚えていてくれたみたいで。一瞬騒音も消えて、

レーテはゆっくりと近づいてくる。目は……そらさなかった。隠してることなんか何もないはずだった。その姿を見ればわかる。きちんと見てる。

…………なのに、なぜか、貴方が消えてしまいそうな気がして。あなたが嘘をついているような気がして。貴方が、私のことをおいてどこかに行ってしまうような、気が、して。

そうだ、きっとおいていく、今までのことなんて全部嘘、私のことなんてきっと嫌っていて、今こうしているのなんてそれを利用して切り捨てようとしているだけに過ぎない。おかしい?そうじゃない?そうじゃないならなぜ彼はお前のことをおかしいって言った?一緒にいたのは彼の気まぐれに過ぎなかったじゃない。

…………誰かが言った。

ないはずのカーテンが揺れていて、私は目をそらす。

またみなかったことにするの?

何が起きているんだろう。何かが見えているんだろうか。

…………。

……レーテの手当て、しなきゃ。また、謝ってるんだし。

大丈夫って、しないと。

それで許されるとでも思ってるの?

「………。

別に指示に従っただけでしょ。」

あなたが何も言わずに電話を切るのもそうだったんだし。

………?

「……いいの。ほら、残っちゃうから。」

かのじょのほうを見る。

ここに、来い。と命令する。来るはず。こなきゃおかしいのだから。

……だれかのこえがする。

離すなよ、逃げられなくする。そうでないとおかしいんだから。

手をつかむ。引き寄せる。離さないように、しっかりと。

と。

……目の前の人は、手を握り返した。そして、それを見ていた。

「うん。……指示もあったけど、自分の意思というか……興味も、あったので。

持つべきではないものでしたが。」

手を見る。暖かさ、脚本外、女の人の、手。

…………ちがうひと、ちがうひと、これは、れーての、

素直で嘘のつけない、傷つけない、人の、手。

……背筋が冷える。

えっ、と。………さっきの、ぎょうむに、ついて、……荊のこに、ついて。だっけ。

そんなの、いたいだけだし。

いろいろ、

そうだ、お前はおかしいんだ、どうして今まで忘れていたんだ?

「……。

……知らないほうがいいわよ、こんなの。」

知らないふりをしようが決して逃れることなんてできないのに?ほら、もっと引き寄せろ。誠意をもってるか、だったっけ

………。

やれ。

手を引く。座らせる。隣に置く。

隣に置かれた人に、対して、おなじことを、

しようとした、

とき。そのひとは、なぜか、

困ったように、わらった。

「……そうだね。うん。」

同じ、

おなじ、

かお。

同じ顔同じ顔同じ顔だ私をどうしてそんな目で見るの私をどういうこと動かないし幸せそうでもないしどうしてそんな顔をして目をくらくするのおかしいその態度がその

瞳がどうして殺すのどうして殴るのどうしてどうして私が悪いの私はどうすればよかったの同じ顔をしないで私が殺して私が、私が、私が

離すな、離すな、殺されるくらいなら、殺してしまえ。

「……オーロラ?どうし、たの?」

こえが、する。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

目の前に白と黄色と肌の色。

「……■■■?」

ちがうこえがする。

だれかのやさしいこえ。だれかのやさしいかお。

こねこ、ことり、だれかさん。

……。

…………い、や…だ。

やれって言ってるだろぶっ殺すぞ殺してやる、どんな目にあってもいいのか

手が動く。

いやだ、やりたくない!

ぶっ殺してやる!

手が、止まらない。

突然、何かが手に触れたのを感じた。

あ。

ふと見ると、目の前で私の手を、両手でだれかが握っていた。

…………。

優しくて、暖かい手は、きゅ、っと、私を包んで、温めた。

……。

じんわり、じんわり、進んでいくそれは、痛くも、気持ち悪くもなくて。

ただ、温度だけがあって。

…………。

……ここは、たしか。業務終わった後の、部屋だっけ。

たしか、…………私は。

目の前を見た。

手の持ち主は確かに、知っている、ひとで。

「……レーテ?」

「!はい、レーテです。あ、レーテ……だよ?」

彼女は、息を吐いて、顔をゆるませ、手をきゅっとした。

……。

彼女を見る。傷は。……服も何も支障はない、でも、嫌な予感がする。

記憶が、あいまい、で。ってことは。

「……わ、わたし、れーてに……なにか、した……?」

声が震える。う、うごかせない。

握った手がゆるくなって、れーてが、話して。

「ううん、何もしてない。大丈夫。貴方が突然止まってしまったから、どうしたのかと思っただけ。」

跡が赤く目についた。でも、それは荊のあとだった。

…………こっちを見ているから、うそは、ついてない。

……普通に、しないと。

「……。

……そう、……よかった。

…………えと、……てあて、よね。」

震えが止まらない。……手先が、上手く動かない。当たったオキシドールが、閉まった瓶ごと、転がってしまった。……包帯も、届かない。うまく、いかない。

傷も、きちんと、しないと、れーてに、あとがのこっちゃう、から。

ゆっくり、正面を見て、

首の、あとを、

……頬に、手を、置…………。

「許さない、殺してやる、殺してやる」

からん、と音がして。

崩れ落ちた手に、瓶が当たって飛んで行った。

「あ。」

レーテは、私の手をはなして、何かを、言って。

聞けなかった。

こんなの。

……こんなの!なんも変わらないじゃない!

勝手に目からあふれてくる水が止まらない。慌てて化粧をつなぎとめても流れ落ちていく。今目の前にいる貴方に受け止められて、

「オーロラさん、私の声きこえますか?聞こえたらこっち向いてください。」

なんて言われて。なんで、なんでとも言えなくて。貴方がこんなにいい人だっていうのはもうわかっているのに!

あなたのほうを見る。そんなの知らない貴方は私のことばかりで。

最低な私は知らないで、ずっとみてくれてて。

見てられなくて。苦しくて。

「……ごめんなさい…」

あやまったって、むだなのに。口から、目から、全部が出てきて。

すべてが崩れる音がして。息が、できなくて。

………なのに、

「貴方が謝るようなことはなにもありませんよ。ね、オーロラ。大丈夫ですから。」

そういって、レーテは私の頭の上に、手を……置いて。

叩くでも、殴るでもなく、……髪を、撫でた。

ずっとそれを繰り返す。

……きっと、こんなことを知ったら、きっと、こんなことしたら、きっと、なのに、なのに。ずっと、離れないし。ずっと、こっちのことばっかりで。

もう、何も分からなくて。

あたたかくて、いたくて、とまらなくて、くるしくて。

なみだも、こえも、分かんなくなって、ずっと、そのままでいるしかなかった。

………。

どのくらい経ったかわからない。涙も出なくなって、私はそこにいた。

レーテもずっと、そこにいた。

「…レーテ」

ゆっくり、くちにだす。

彼女は、ゆっくり微笑んだ。

「はい。」

………レーテは、多分大丈夫だし、説明しないと、分かんない、し。

……でも。

…………だけど、レーテが安全なほうが、いいし。

……。

「……ばかに、しないで、ね。………あのね。」

変わらない表情。に、すこし。

…変な話をしたくなって。

「…………おばけが、いるの。」

「おばけ。」

でも、レーテは、首をかしげて、考えて、そのまんま。変な話をつづけた。

「……どんなおばけがいるの?」

………どんな。

いつもは、まず、誰かの声がきこえて。

「……声がするの。」

死ねとか殺せとか言ってくる奴、とは言えなくて。

「…………。」

考えが、頭が、うるさくなって、よくわからなくなって。

「………でね…いつのまにか、知らない、のに……目の前が、変わってるの。

さっきまでの人が、困ってたり、…………」

ご飯が冷めていたり。優しい人が変な目をしていたり。

「…………かわいいのが、……こわれてたり。」

死んでたり、なんて。

……バカみたいな作り話だと、思うし、そもそも、言い訳、だし。

…………くるしい、し。

でも、こんな変な話でも、レーテさんは聞いててくれて。

「なるほど。……私はそういった経験がない、けど。

……怖いし、いやだね。」

って言って、そこから、考え込んで、独り言、しながら

「追い出せるといいのですが」

って。

怖い、し、いや、だけど。

…………追い出せる、わけ、なくて。

「…………うん。」

……そういうとダメな気がして、相手の顔、見れなくて。

いつもみたいに丸くなって。

………いたくて、……かなしくて、なんにも、ならなくて。

また、ひどいこと、したくなくて。

…………。

「…………でも、……わかんなくて。

…………れーて、…どうしよう。」

なんて。

どうしようなんて、言っても無駄なのに。

全部なくなっちゃうのに。

…………じゃあ何でこんなこと言うのよ。

バカみたい。

……。

ばかみたいなのに。

レーテは私の隣にきて、なんもしらないで、また、話し始めた。

「……一緒に考えよう。

どういうときに声が聞こえるのか、とか。

なんでお化けがあなたに悪さするのか、とか。

どうやったら出て行ってくれるのか、とか。

今は分からなくても大丈夫だよ。ゆっくり探していこう。ね。」

……。

…………なんにも、いまのすこしだと、伝わってないと思ったし。

そもそも、全部知らないことばかりなのに、それなのに。

前、なんだかわからない人と話しても、無駄だったのに。

れーての、言葉は。

どうも、なんか、すっきりしてて、疑いようもなくて。

​考え方もわかんなくて、困ることなんて沢山なのに、

言い返すことなんて何にもなかった。

彼女を見てもそれを平然と並べているだけだった。

…………嫌な感じも、ずっとなかった。

頭のざわつきとはちがうところで、淡々と。

…………。

きっと、たぶん。

この人は、必要だったら私をパーツごとに分けることもできるんじゃないか。

そして、それを見て、分けて、綺麗に使ってくれるんじゃ、ないか。

みたいな。

…………なんだか、それは。今の私よりずっといい、きさえして。

寄りかかった。

「………れーてって、あたまいいのね。」

「頭、良い?」

こっちを見ている。考えて、

「ずっと、いろんなことを考えてはきたけど。」

「……だって、へんなお医者さんより分かりやすいし。……困んない、から。」

目をつぶった。……お化けはいなかった。

あなたが隣にいることだけわかった。

「そう?なら、うん。よかった。」

「………うん。」

なんだか、すごく、気が抜けてきて。

ああ、たぶん、彼もこれが好きだったんだろうなって思って、また誰かが足りなくて。

​…………でも。なんだか、それも一緒に探せる気がして。

……ただ、約束だけ。

「………その。…もし、……ひどいこと、しようとしたら

……とめて、ほしいの。」

わたしに寄りかかる、レーテの頭。

「わかった。

…………止めるときは、貴方の名前を呼ぶから。聞こえたら返事をしてね。」

「……返事…うん。…………わかった」

…………名前。引っかかった、けど。なんだか頭が回らない。

……れーてなら、…わかる、から……きっと、だいじょうぶ、……よね。

…………「オーロラ」でも。

 

この先は、眠すぎて覚えていない。ただ、たしか、一回起きた時に、手当、とか、してもらった気がする。夢なのか、そうじゃないのかわからないけど……ひどく眠かった。まるで、いままでのが嘘みたいに。ただ、ずっといてくれたのは、覚えてるし。多分、…………寝る直前まで、傍にいてくれたんだと思う。………。

薬飲まなかったの、いつぶりなんだろうな。

​首の跡にまかれた白が、また、傷を綺麗に包んでいた。

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