21,06,02 Day2 眠れぬ森の美女
……眠れない。
ずっと、よくわからない夢を見ては、数時間で目が覚めて、目が覚めて仕事をしたと思ったらそれすらも夢で。明らかに寝つきが悪かった。よく眠れるって言っていた気がしたのに、嘘だったのかと少し怒りを覚えながら、また目を閉じる。
思い当たる原因は一つだけある。
でも、死んでからも頼ることになるとは、思わなかったけど。
起き上がって、ふらつく体のまま、ぼーっとしていた。
時間の感覚がおかしいせいか、何も言われなかったせいか。今日の勤務時間は終わってしまったらしい。こんなに簡単に、さぼっていいの。というか、それで追い出されたりはしないのね。
変な職場だ、と心から思う。
と、目の前に、見慣れた人物が(多分)かえってきた。
「こんばんは……おはようございます?今日はお休みですか?」
ああ、やっぱり時間が過ぎてしまっている。
「……もう遅いわよね。」
ならば、業務に支障が出ないようにもらわないと。
彼女に話しかける。もともと働いているなら、知っているだろう。
「薬って、どこに頼めばいいか、分かる?」
眠い。つい目をこすって、アイラインが取れていないことを確認する。大丈夫。
「薬なら補給医療……はないんでした。探してきましょうか。何の薬ですか。」
近寄って聞いてくるこの人。目線がうっとおしい。
というか。薬の名前を聞くつもり?わかんないだろうし、分かられてもこまるし、なんだか個人的なところに踏み込みすぎでは?結局情報もないし。
「……。
いい。……わかんないのね?」
ならば探しに行かなければ。
勢いで立ち上がる。貧血気味なのか少しバランスがおかしい。これじゃあロクにバレエも踊れない気がする。寝ないといけない。
と、
「む、おひとりでは危ないですよ。せめて一緒に……」
なんて言う。
そして、本当についてくるみたいだった。
二人で、長い廊下やら、部屋の前やらを歩く。
……どうやら、いっしょに来るって言ったのは、本当で。早歩きで歩こうが、関係ないみたい。
……昨日の分とか?だとしたら、まためんどくさいことをしてしまったかもしれない。
それにしても、廊下が異様に長く感じる。……こんなに遠かったかしら。それともまだあの何たらガスみたいなものが効いているのか……
油断したのか、壁から手を放したときに、立ち眩み
と
腕をつかむ形で来る誰かの手
はじき返し
て、それがようやくいつもの人のだと分かった。
目を丸くしている。驚かせてしまった。でも相手が悪いわ、後ろからなんて。と、思いつつ。なぜかすごく、申し訳なくて。
しょうがない、教えとかないと、またいつ、つかまれるか。
「……苦手なの。」
簡単に言う。
すると、また、いつも通りにもどって、
「そうですか、すみません。しらなくて」
なんて言って、後ろに下がった。
……なんだかやっぱり、どうもこの人だと、落ち着かないというか、罪悪感がある。
歩いていても、なんとなく振り返って、結局来ていることを確認して、もやもやして。
「こっちで、あっているかしら」
なんて、素っ頓狂なことを聞いてごまかして。
「……どうでしょう、分かりませんね。ほかの方々に聞いてみますか」
そしたら彼女はそれを律儀にきいて、しかもなぜかほかの人まで入れようとする。
……こういうの広められるのも、困るし。そんな気力ないのだけど。
「聞くならあなたが聞いて。……そのほうがいいし。」
「そうですか?分かりました。部門のほうに戻ればまだ何人かいらっしゃるでしょうし、少し聞いてきますね。お待ち……いえ、先に行っていてください。ご無理はなさらず。」
投げやりで言った言葉に、馬鹿正直な反応をされてしまって。……まあ、そのほうがいい。嘘は言っていないし、何ならそのまんまかえってしまうのが定石というか。
だって、いい言い訳だと思うし。……ここまでついてくる理由がないもの。
「……わかった」
そういうと、彼女は会釈して、どこかにいった。
さて。
廊下を進む。確か、向こう側は変な化け物がたくさんいたはずだし、武器庫、とか?エネルギーのやつ?とかもあるからそっちではないだろう。……しかし、医務室はこういう場所からもさほど離れていない場所になければ、意味がない。
一歩、一歩、歩く。
ステップの練習をしているような気持ちだ。ただ、眠気でステップどころではない。練習しても無駄だと思い込んでいた時のような、軸のなさ。景色のゆがみ。
はあ。
ただ眠りたいだけなのに、どうしてここまでしなければならないんだろう。
ただ、普通に。
……。
色々な人の話し声が聞こえる。
大丈夫、きっと関係ない話だ。
色々な人の足音が聞こえる。
大丈夫、きっと関係のない焦りだ。
色々な人の、姿が見えた気がした。
大丈夫、私には関係ない。関係ない。
一歩、一歩、歩く。
先にも後にも何もないのに?何故?
……。
また、聞き覚えのある足音が、近づいてくる。
少し焦りつつも、大きくなるにつれてゆっくり静かになった。
振り返った。
……。性懲りもないひと。
「医務室、その先にあるらしいです。」
結構な距離だと思ったのに、すぐに戻て来て、息の一つも切らしていない。
表情も変わっていない。
私は何もしていないのに、勝手に来て、関係ないのに、手伝って。
「あ、そう。……。」
なんなんだ、この人は。
「はい、行きましょう。……何か気になることでもありましたか。」
何って。……表情に出ていたらしい。
だって。
「……いいえ、」
……。
「ただ、あなた、……その。お人よし、ね。……よくわからないわ。」
口から、そのまま幻滅を打ち込んでみる。私は貴方には関係ないひとだと、言ってみる。
それでもついてくる。追いかけながら。
「お人よし、初めて言われました。……分からないとはよく言われていましたが。」
言葉が早さについてくる。逃げる私を追ってくる。
そうして、医務室の前で止まって。
「貴方も私がよくわかりません。一緒ですね。」
肩を、叩かれた気がした。
……。
わけが、わからないのが、同じ。
「……そうね。」
あなたを見た。いつものようなとぼけているような表情のあなたは、少しだけ、人間だった気がした。
……。
そのまま、医務室に入った。
医務室には沢山の薬が並んでいて、その奥にはなんだか上流階級の癖のような男性がいらっしゃいました。
……そうでしょうね。
お姫様は、ひとりでに話を始めます。
「ねぇ、センセ。お薬、下さらないかしら?」
沢山の瓶が反射して、そこにいるひとを映していました。大丈夫です、おかしいところはなにもございません。お医者様はゆっくりと立ち上がって、
「こんばんは、どんなものでしょう。」
と、ゆっくりとお言いなさって、平坦な感情を向けられました。
大丈夫、大丈夫です。何ももんだいありません。
「……睡眠薬を。お医者様にかつていただいていたものは、サイレースです。……眠りはするんですけど、すぐに起きてしまってたまらないんです。」
すると、目の前の方ったら、すぐに疑わしそうな目をなさって。
「………お名前は。」
「オーロラ、です」
診察の情報をお探しになって、頷いて。こうおっしゃって。
私のことを、不躾な目で見るんです。
「……これは、頓服ですからね」
ただ、お姫様にはそんなこと関係ありません。
「ええ。」
頷いで、その美しい笑顔を向けるのです。
お医者さまったら、それなのにため息なんてつかれて。さすがの時間だからでしょうか、お疲れなのね、といったことをお姫様は思います。多分。
渡された瓶を、お姫様は何も疑わずにうけとります。
「しっかり水分と共に飲んでください。お大事に。」
笑顔を返します。
「ええ、ありがとうございます。ふふ。はい。分かりましたわ。」
こうやって、丁寧に扉を開け、お辞儀をした後にお姫様は立ち去ります。
帰ろうとしたら、まだ彼女がいた。
お人よし極まれり。それにしても、変な顔。
「……待ってたの。そう。行きましょう。」
「はい。」
私が歩くと彼女もついてくる。返事なんかして。変なの。
なんだか挙動不審だし。
まだまだ寝ぼけている頭をただしながら歩いて。
「……医務室の先生、いい方でしたか?」
「……どういうこと?質問がよくわからないわ。」
……そういえば、ちゃんと内容物はあっているんでしょうね。
確認する。名前は……おんなじ物、な気がする。
これで当分いかなくて済む。やれやれ。
「出てきたとき、随分とご機嫌な様子でしたので。よくしていただいたのかと思って。」
ん?
ああ、そういえば、私。不意打ちが多すぎて、うっかりしてた。
はじめてみたんだ。
ふぅん。
たちどまると、彼女も続きました。
お姫様は、こんなかわいい人を拒絶したりはしません。……多分。
「そう見えたの?」
柔らかいほほえみを絶やさないお姫様は、そういって。
「はい。……そう聞くということは違うんですか?」
あなたはいつも通り、見つめ返して。
瞳が揺れて。
…なんだか、息が苦しい。
「ふふ……。」
おひめさまは、うまくわらえないので、
「……。」
おひめさまではなくなって、すべては、うそになってしまったのでした。
……あーあ。
「……さ、行きましょ」
なんだか調子が出ないのは全部睡眠不足の所為として、急いで部屋に戻る。
「はい、戻りましょうか。」
後ろから聞こえた、嘘がきかないあなたを待つ気力もない。
今はただ、早く眠りたい。そう思った。