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21,06,07 Day6 愛憎とリボン

新しくなった場所は、まるで、地獄のようでした。

頭の痛い変な場所。 気持ちの悪い変な場所。

ずっと殴ってくる人。 吐き気のする化け物。

ああ、なんなんだろうかこの場所は。

イライラする。イライラする。

会社に来てから見なくていいはずのものばっか見せやがって。

一生見ないでいいと思ってたのに。

頭の中でずっと、怒鳴り声が聞こえる。痛い音が聞こえる。

自分がちっぽけなんじゃないかと思えてくる。

手を広げて、肌を見て、鏡を横目で見て、確かめる。

ちょっと、おでこが怪しい。

……最近、また、お化粧の手間が増えてきた気がする。

醜い自分も、無力で何もできないのも、一方的に殴られるのも、

全部、昔のままで。

………。

黙って、従っていくのみ、だった。

そしたら、今度はなんか、明らかに狙ったように、茨だらけの収容室に行けっていうの。なんも知らない人でさえお前はそこから出られないんだからって指示を出すのね?知らないくせに。

貴方も同じくらい苦しめばいいのに。

それともそっちの方が苦しいと思ってるの?あり得ないわ。

くるしめ、くるしめ、といわれている気がして、つま先をけった。

刃のないトゥーシューズは、なめらかに滑るだけだった。

仕方ないから部屋に入る。

入る前に、説明を読む。

「愛情」「痛み」「絞首」「罪人」

「ゆるさない」

まるですべてを見通しているとでも言うような言葉たち。

……数日前に聞いた、言葉たち。

ふふ、あはは、ははは。

……知ってる。私は知ってる。

君みたいな化け物にどうしたらいいのかくらいわかる。

この場所ったら本当に酷いのね?わかりきってこうしろっていうんだわ。

まぁいい。いいや。

どうでもいいです。

どうでもいいじゃないですか、私のことなんて。

収容室に入った。

その部屋は、たくさんの荊におおわれて、その奥に、あの頃の私より少しおおきいくらいの子供……みたいな怪物がいた。

まだ、書いてあるような特殊なことは何も起きてないのに、もうすでに頭が痛い。

まあ、好都合かもな、なんて。

笑いがこみ上げてくる。これもちょうどいいや、と化粧の足しにする。

あははは。

……自室とか、変な人とか、全部夢だったみたいに思えて、首がしまった。

大丈夫、きっと私はまだ眠っているだけだ。

ごまかすように言い聞かせる。

眠っているだけだ。

お姫様はこういって、怪物にすら手を伸ばすのです。

…………あはは。

「ねぇ、言えって言われたからいうわね?

貴方ならどうすればいいかわかるでしょう。

「愛してる」わ。

小さな怪物さん。」

ああ、身体が焼けるほど冷たい。

ほら、早く攻撃しなさいよ、化け物が。

笑顔がこびりついて離れない。

どういう意味だかわかる?貴方は私に手を出した時点で私と同罪なの。

貴方は私を許さないんでしょう? 私も許さないわ。

ニコ、っと。笑う。

目の前の荊が、すっくりと動いて、そこにいる化け物が、

私と同じような視線を返した。

「……お前も」

背中から、赤くて黒いものが、流れ出る。

まるで今まで流してきた血液のように荊が突き破っていた。

「……お前だって

化け物だろ」

何も混ざっていないようにすら感じる、その明らかな敵意。

同じように返される私の中心まで、蝕むような赤。

その場にいるかのように、思い出せる動き、したがって。

ぱちぱちとはじける、わたしの音。

目が離せなくなって、広がって、きっと、きっと、あなたなら、わたしを

「……化け物が!!!」

許さないで、くれるって!

ひゅっ。

体が浮く音がした。

目の前が痛みに消えた。

殴られる。頭の中で火花が散る。罵倒。みきがらきて、今度は左か。

首がしめられる。頭がぼやけてくる。

「ごめんなさい」

かふかふと空気をたべる。

でもいまはこっちだから食べるものはないし。

わざわざ足を狙われると抵抗したくなってしまう。懐かしい。

やり返すもの、待つしかないし。許されないし。

「ごめんなさい」

右、左、瞳がこっちを見てる。赤、赤、赤。

許さないって思ってるうちは許されない。

痛みも慣れてきた。ぱちぱちする、音とか色とかしかないや。

ひゅっ。目のまえを鞭が通った。

だれだろ、そんなもの頑張って手に入れてきたのかな。

「ごめんなさい」

暇だから、いろんなものを見る。

あーこの怪物っぽいの、ちゃんとからだあるんだなー。

……なんかリボンっぽいのある。

荊も、黒いのと、赤いのと、別々なんだなぁ、なんて。

「ごめんなさい」

だれかの声がする。

ひゅっ。

結構な赤が出てきた。荊か血液かぼんやりしてわからない。

身体が投げ出されて転がって見えなくなった。

「ごめんなさい」

なんだっけ。

えーと、ふふふ、くす、くす、わかんない。

知らないわ。知らない。

わたしが悪いの。

「ごめんなさい」

だからこれは罰なの。私はこうなってもしかたないの。

「ごめんなさい」

わたしはゆるされないはずなの。

「ごめんなさい」

いいの。これで、いいの。

このままで。

このまま、なんにも、なくなって。

ゆっくり、

ゆっくり。

……。

タイマーの音がしたから、立ち上がった。

動かし方には慣れてる。ゆっくり進む。

目があった。

なぜか、さっきよりなにもなかった。

「いれかわり。 ごめんなさいね。さようなら。」

​そのまま立ち去る。

声が出てたかどうかはもう、知らない。

へやについた。

自室はたしかにあった。夢ではなかった。

でも、どうせならもう何も感じたくなくて。

遠い意識のまま、そのまま、沈み込もうと思い歩いた。

……あなたの声がする。

「おつか……」

そのまま、とまった。ゆめだから。

視点は前に進んでいく。もう少ししたら、何もない場所に戻れるだろう。

だれかの体を動かしていく。と、貴方の声がする。

「……怪我、どうしたんですか」

ああ、こたえなきゃ。

ゆっくり、感覚が戻って来る。

口を、うごかす。なにか、でも、どういったらいいのかもわからなくて。

レーテさんは、なにもしらないし。

だめだ。

言っちゃダメだ。こんなこと。

首を振る。……顔は見れなかった。

………そのまま、いなくなりたくて。ゆっくりと、身体をはじめの場所に移す。

さっきよりも重くなってしまった、わたしのからだ。

…………。

と、貴方が動く音がして、私は思ったように動けなくて。

「待ってください。話さなくていいので手当だけでもしましょう。

……そのままはよくない。」

なんていうあなたに、ふさがれてしまって。

……。

あなたのかおが、かなしくて。

ゆっくりと、座った。

貴方がガサガサと物をあさって、救急箱を取ってくる。

そっと座って、私の体を見るそこに、感情はあまりなくて。​

「幻想体……幻視物からの攻撃は跡や影響が残ることもあるので。今後もけがをした際はなるべく放置しないでくださいね。痛いですし。」

……なんてことをそのまんま言ってきて、また、箱の中身を取り出す。

そんなこと、もう遅いのに、なにいってるの。

そんなの。

ばけものじゃなくても、おんなじなのに。

なにもしらない、レーテさんは、傍に来た後、向き合ってそのまま続けて。

「触れてもいいですか?」

私もなぜか、拒めなくて、ゆっくり頷いて。

………おんなじなのに。

何にも変わらない、のに。

ゆっくり、羽織っていた一番分厚い服を脱いで。

しゃつの、そでを。しんちょうにまくって。

隠すためのものの上から、みえる、傷が。たくさんの荊のあとが。

離さない、って、いうから。

「……ん。」

わたしじゃないこえが、わたしがいるって言う。

あなたの手が、

痛くない手が、私のほとんどなにもない腕をとって。

……いたくて。

そこに、貴方が、ゆっくりと、まもるための、白いリボンを巻く。

…………ゆっくりと、つつまれる。

……わたしが、いる。

…………。

あなたの瞳に、わたしがいる。

「……怖かった、ですか?」

あなたが、わたしのこれに、名前を付ける。

とたん、わたしのどこかから、いままでのなにかがかたちをとって、

なみだがこぼれた。

「……ぁ」

にげられない。うごけない。そらせない。なんにもできない。

にげなくていい。うごかなくてもいい。そのままで、いい。

なんもしていない。なんもしないのに、ここにいる。

どうしたってここにいて。

……すべてが、こわい。

わたしは、うなずいた。

レーテさんを見る。びっくりしていて、でも、すぐに作業に戻る。

「……そうですか。ええ、泣けるのなら泣いてしまいましょう。わたししかいませんから。大変でしたね。」

​巻いている包帯が、つつむリボンが。整えられて、わたしのはだに、つっついて。

見えなくなる。

ぱちん、と切る音がして。

水の中みたいな景色が、しずまるのをまっても、貴方はどこにも行かなくて。

……。

「……こわ、かった、のね。」

くちにだして、それをたしかにする。

あのときの体を。あのときの出来事を。噛みしめる。

「……そう。………だから、いうこと。きかなか、った。んだわ。」

こわいんだ。って。

とりさんに、逃げられるのも。

あのこに、たたかれるのも。

…また、やりなおし、しなきゃなのも。

全部、こわいんだ。

「……いうことをきかなかった?体が、ですか?」

あなたは、そんな私のうでをおろして、……ガーゼをとりだして、顔に近づける。

こわい、から、目をつぶる。

そっ、とふれて、でも、なにもなかった。

ちょんちょんってした、そのては、ゆっくりで、爪を、あてないように、していた。

…………。

「うん、……えと。……レーテさん、でいいのかしら。」

………普遍なかおに、私だけが揺れている。

たぶん、こわく、ないんだろうな。

「……は、そういうの、……ない、のね。」

つけたす。………なんだか、じぶんがちっぽけなきがして。

かおにつけたガーゼを、私の手元に手に持ってきて。レーテさんは、もう片方の手を取る。目のまえが、あいかわらずゆがむので。私は真似をして、布を充てる。

あたって、すこし、晴れた。

レーテさんは、淡々と話す。

「はい、レーテです。……私も恐怖で身体が動かなくなることはありますよ。私に限らず、ここの社員の方々もほとんどそういった経験はあるのではないでしょうか。」

「……そう、なの?」

つい、言葉が出る。

……なんだ。

「………そう。」

動かない、のは。おかしいことじゃ、ないんだ。

………よかった。

「はい。怖いことは誰にでもあることですから。」

そういって、作業を終える。

ぱちん、と切れる音。包み込まれて見えなくなった、わたしの傷。

「……うん。」

なんだか、すこし、重いものがなくなった気がした。

そのまま腕の補強をして、巻いたものをとめて。

彼女の手が足に行こうとしたので、足は自分でやると変わった。

キョトンとしているので、付け足す。

「……商売道具、だから。」

それにも、びっくりしているこのこをみつつ、いつも通りに足を補強する。

「商売道具。

……そういえば、不思議な形状の靴ですね。初めて見ました。関係が……」

ちょうど、彼女の視線も、足に移動する。

ピンクのリボン。

わたしが、はじめて守るためにもらったリボンのしたに、

あなたからもらった白いリボンを巻く。

……それを、子供みたいに見る貴方。

「………初めて見たの?

……簡単に言うと踊り子なの。戦闘用だけど。……バレエ、って言う名前で。」

「バレエ……聞いたことがあります。

美しい動きをするために、見た目以上の鍛錬が必要だと。」

一回外した足に、ゆっくりと、トゥーシューズをはめて、きっちりと、縛り上げて、かかとを、ならして。

「だからオーロラさんは綺麗な所作をなさるんですね。」

…………?

突然お世辞が飛び交って、流石に驚いた。

当の本人は、いつもどおりだ。

…………まさか。

「……本気で言ってる?」

顔を見つめ返される。なんもかわらない。

「私は貴方に嘘をついたことはありませんよ。」

…………疑いようがない。初めからそうだった。

でも。本気ですか。

…………?

「はぁ。そうね……」

結局、多少分かろうが変な子は変な子だと痛感する。

テーピングをしっかりとして、リボンをきれいに結んで。

わたしを包み隠して。

「……覚えなきゃいけなかっただけ。……もっとうまい人はたくさんいたわ。」

「そうなんですか。

でも、私が見たことある経験者は貴方だけですし、どのような経緯であれそれを会得した貴方は、やはりきれいだと思います。」

爆弾発言。バレエのパンフレット?

「……すごいセリフだわ。まったく。」

…………なんていうか。

スポットライトの真ん中に、立たされてるみたいだ。

最後の仕上げをして、確認して、動かして。

すこしだけ、あなたの守りも入った私の靴は、また、いつも通り動いた。

………。

「……手当とか。ありがと。……うん。」

くすぐったい感謝をつけて。

「……はい。お役に立てたのならよかったです。」

あなたは微笑んだ。

「……。

もう寝るわ。……止めてくれただけだし。……えっと、あー……

おやすみなさい、ですっけ。」

「……はい。おやすみなさい、オーロラさん。

また明日。」

作り物とは違うあなたの笑顔を見て、すこし、そわそわとして。

包まれたところが、いたいのに、なだらかで。

……混乱するから、また明日、が、あるから。

今日は、夢じゃないんだ、って思って、棺に入った。

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