21,06,17 Day13 録音テープのまき直し
……入社したときはあんなに落ちなかった化粧が、昔みたいにちゃんとしなきゃいけなくなってきた。
起きて、顔を洗った瞬間から跡がくっきりしている。
はぁ。
大急ぎで化粧の箱を取りに行く。
手順は簡単。別に今の傷ではないので治療もいらない。
肌色のテープで上げて覆って隠して。
テープを貼って、コンシーラーで潰して、パウダーかけて。
なじませて、その上から「薄化粧」をするだけ。
……。
数日間のことを思い出して、間違って瞼をこすってしまった。
塗り直す。
もし、レーテが言ってることが正しいのであれば。
手当、を早めにしてたら、こんなの残らなかったのかもしれない。
…………まあ、今考えても無駄だけど。
丁寧にラインを引く。
目じりを付け足して、まつげを曲げて、
乾かして、色を塗って、最後にスポンジかけて。
………鏡に映る自分の前に、誰かがいた気がした。
そういえば、レーテに手を伸ばした、あの時見えたのは、誰なんだろう。
今日は102。
新しい部門もあるらしいが、調子の出なさで見限られてるのかもしれない。とか思いでも、……転生しようが変わらない気がするから、最低限仕事をこなす。
相変わらずどろどろの化け物は分からないことを語り、ウサギはお客様にもならなかった。
淡々と、仕事をこなした。
変化があったのは、でんわの部屋に入ってからだった。
今まで何も起きなかったその部屋に入ったとき、急に、
目の前には、かつての電話番の席があった……ような気がした。
けだるい暑さ、扇風機、古ぼけた電話の前で、誰かを待つ。
…………なぜか、それのために起きていた。
……受話器が鳴った。
電話の取り方くらい、習っている。
すっと、とって。
「お電話ありがとうございます、赤い靴事務所、5番フィクサーの…」
決まった言葉を返す。
と、
「オーロラ?」
強烈な、違和感。
どこかで聞き覚えがあるのに、何故か思い出せない、空白が見える。
「オーロラ……その…繋がってるか、わかんないんすけどね?」
………。
私は、この声を、知ってる。
「さっき、任務ついでにまたお菓子買ってもらった。
……え?敬語…あー、もらったんす、よ。」
……頭が痛い。 おかし、は、多分チョコレートで。
「……だから、その……えへへ。……」
その少年の声は、小声になって。
「……持ってくから、待ってて。」
……。
知ってる。私は、貴方を知ってる。
「……じゃ、またあ」
「待って!」
呼び止めた。
「……怒られちゃうっすよー」
隠し事をするように彼は困り笑いをする。
電話越しで、他の先輩を気にしてて、敬語が下手で、おかし、持ってきてくれて。
思い出せ、貴方は、貴方の名前は。
……。
頭を…………回そうとしてるのに動かない。
「……っ…」
声が震えて。
そしたら、彼はその様子を、どうとらえたのか。
きっと、柔らかな子猫のような、やわらかさで。こういった。
「だいじょうぶ、どこにもいかないよ」
ガチャン。
遮断される意識でもとに戻る。
変なネオンサインに囲まれた部屋の中で、立っている。
メッセージは以上です、と、無機質な音がした。
頭の中がうるさい。
作業をこなさなきゃ。
そう思ってきた部屋は、久しぶりの小鳥のへやだった。
……。
餌をあげる作業。
灰色の小鳥は、私が座った膝の所に来た。
パンをちぎって渡すと、持って行って、また、戻って来る。
こっちにすりよって、ここにも一粒おいて。
「…………ねぇ。」
声を掛けたら、こっちをつぶらな瞳で見た。
「……持ってきてくれたんでしょう。」
ひとこえ。それは、肩に移動した。
そっと、触れる。……このくらいなら、怪我をしないと信じて。
………電話の音と、息の音と、人の声。
…………。
「………一緒に、食べる?」
私はもう片方の、一切れをもって。貴方に、ちぎったもう一方を、わたした。
かたほう口に含むと、小鳥はようやくそのひと切れを、ついばんで食べた。
…………素朴で、口の中がぱさぱさして。
でも、確かに、何かうれしかったことを思い出した。
……なんで、思い出せないんだろう。