21,06,19 Day15 もしも童話が溶けるなら
目が覚めて、まだ夢の中にいるみたいな気分だった。
ただ、手鏡や反射に映る自分の姿が、どうしてもひび割れを浮き彫りにしていた。
……お姫様らしくしないと。
私は、いつもどおり、おめかしを始める。
荊で出来たドレスを纏って、朝だからおとなしくて。
魔法をかける前に、目を覚ますように顔に水をかけ、清潔にして。
ふと、音がしたほうをみると、レーテが起きていた。
「……おはよ」
「ん……おはようござ……ふぁ…」
随分と眠そうで、ぽやぽやしている。
ゆっくりと進むあなたとすれ違って、鏡の前を陣取り、いつもの道具を並べる。
たくさんの肌色、たくさんのチューブ、たくさんのペンに、パレット。
そう、おめかしも表現で、演目の一つで、武器だ。
下準備をすすめる。
テープをはり、あからさまなひび割れをふさいで、ならす。
と、いつもの声がする。
「…………そういえばこの前聞きそびれたのですが。」
「…何?………やりながらでいい?」
「うん。」
もう流石に慣れてきた。
突拍子もない始まり方で、レーテは何も変わらずに続ける。
私もそのまま顔を整える。えっと、次はあのチューブ。
探す音と共に、レーテも何かをあさっている、見たいで。横目で見ると、何かを食べていた。
「顔の傷、どうしたの?」
………いつか聞かれるとは思っていたけど。
ついとまってしまう、というか、正直……いや、流石に覚えてるけど。
…………。
クリームで、今言われた「それ」を塗りつぶしていく。
「……子供のころの「呪い」」
言葉も塗りつぶす。
あなたは食べていたものを飲み込んで、また、何かを口に運ぶ。
……そして、いつものテンポに戻る。
「呪い?ふむ。ここでの傷ではないんだね。」
「……そうよ。…だって、手当してくれたでしょ。」
………正直、久しぶりに、手当しないといけないルールを思い出した。
事務所の怪我は、打撲や突き指ばかりだったから。
……跡が、のこる、とかも。
…………。
知らなかった頃を、すべてコンシーラーで覆い隠す。
「うん、それもここでの傷だったらどうしようかと思ってた。見逃してたから……。」
いろんなことを話して、考えながら、また、レーテは私を見ている。
覆い隠されてきたその汚い跡も、……なかったことにしたい。
「……呪いって、どういう?」
…………はぁ。
どういうもこういうも……ないというか。困ってしまった。
………話したくなくても思い出せる、でも、言葉にしたら、本当にあったみたいで、…………すごく、いや。
「………呪いは呪いよ。「眠れる森の美女」の話、知らないの?」
つっけんどんな、言葉。
でもよく考えたら、名前が分かんないんだから、知ってるはずもない。
変な意地悪、しちゃったかも。
なんか、いや。
…………案の定、本当にそのまま答えるレーテ。
わたしはそのまま、謳い文句を並べる。
「えっと……お姫様のやつ?童話とか、そういうのは疎くて……」
「……「オーロラ姫は、生まれた時に悪い魔女によって呪われて、16の誕生日の日から100年眠りつづける」のよ。
……そういう話。」
一通り、「何もなくなった」顔に、丁寧に飾りをつけていく。
まずは、……優美な印象を与えるように、目元から………。
…………。
「ふぅん、悪い魔女、いたの?魔女が貴方の顔に傷をつけたってこと?」
手が勝手に止まった。
鏡にひびが入り、このペンが、眼球を突き刺して
突き刺すような
反射で目をつぶる。手が……そこにない何かをかばって、動いた。
…………。
落ち着かないと……深呼吸、して……。
………。
ゆっくり、目を開けた。
そこにあるのは綺麗な作り物の自分。
作られて、何もなくなって、眠ったまんまのお姫様。
…………うまく、かくした、し、アイラインも、ずれてない。
だい、じょう、ぶ。
「……うん。……きれいに、できるようには、なったわ。…………手当とか、わからなかったし。」
ゆっくり言葉をつなげて、それを眼に焼き付ける。
「あ、嫌なこと思い出したなら……ごめん。」
あなたが気を使っているのが分かる。
…………でも、何がなんだろうか。ここにあるのは、夢だけで。
……なにも、ないから、大丈夫なのに。
それでも、あなたは、小さな声で、
「……転生出来ればその傷も消えてくれるのかな。」
なんて、夢見るようなことを言うから、
わたしも、夢見るように、返さないといけないと、思った。
「……別にいいわ、その………そしたら、ほんとに小さい時に戻っちゃうし…小さすぎて、何もできないもの。まぁ、レーテには会いたいけどね。
……ここ、離れたら会えるかどうかわからないんでしょう。」
魔法の続き、夢の続きをまた、顔にしっかりと飾り付け始める。
でもあなたは、そんな夢の話をしながらも、わたしの中身を見ているみたいだった。
「……そんなに小さい時についたの?」
身を乗り上げる、レーテの目には、傷はみえたんだろうか。
「………生まれた時って、言ったでしょ。」
……痛いのは、嫌なんだけど。
…………また、きちんと、見えるように…醜いものを、塗りつぶす。色をまぶせば、別の線があれば、それは緩和されて見えなくなって。
あとにはなにも、のこらない、なんてね。
…………。
少しの沈黙。お化粧は佳境に入って、そこにはバラのようなピンクと、蝶のように華やかな目元と、赤いキスだけが残る。
向こう側の、真っ白くて落ち着いた隣人が、次に続けた。
「私も……会いたい。その……小さい頃に会える世界線?に転生すれば……会えるんじゃない、かな。」
………言葉まで真っ白。
私は目元の黒を持ち上げて、柔らかく曲線を描くようにする。
それを、あなたはすこし、気にしながら見ている。
「そう、ね。……そのころに会って、レーテもひどいことにならないといいけど。」
嘘じゃない、本心を散らせば。
「ひどいこと。……ならないよ。ならないように貴方のことを止めるし、その、悪い魔女?のところからも逃げてしまおう。」
…………童話を知らない言葉が、帰ってきた。
糸つむぎを、はりを、遠ざけても。それはブーケに入っていたのに。
「…………簡単に言うのね。……レーテったら。ふふ。」
そんなこと、できるわけ、ないのに。
…………そこまでおもって、まるで、手を放してしまったみたいな、気持ちになって。
…………わざと、瞼に、いつもより、濃い色を、おいて。
「…………そんなこと、できるのかしら。」
言葉遊びを、つなげる。
…………ばか、みたいだ。
あなたの瞳は、わたしをみているのに、揺らがない。
「できるよ。私、頭いいんでしょう?きっと2人で逃げ出せる。」
……ばか、みたい、なのに。
…………ぜったい、ありえない。そんなことありえないんだ、けど、あなたのことこ否定したくなくて、わざと、荊を遠ざけて。
遠ざけようとした分が、首に絡まって、うまく呼吸できない。
「……。
………もし、そうなら。…………ゆめみたい、ね」
うまくわらえないの、お姫様なのにね。
……化粧は終わって、飾りもついて、魔法の道具を頬離婚で、時計を見て。
「…ほら、業務でしょう。」
ちょうどよく時間切れになった夢物語に、棚の閉まる音が響いて、それでもあなたはまっている。
「……うん。一緒に行こう。」
その顔には、ひび割れは、無くて。
…………また、荊がしまった。
「……そうね。」
痛くて、痛くて、仕方がない。
逃げ出すように武器……のための小さなロックを外して、待ってくれてるレーテに声をかけて、少し早歩きで歩く。
返事をしたあなたは、少し早い私に歩幅を合わせてついてきて、うなずく。
勢いに合わせて、風に乗せて、記憶ごと荊を後ろになびかせると、小さな声がした。
「……夢じゃなくすから、ね。」
…………後ろに行ったはずの痛みが追いかけてくるから、あえて振り返った。
叩かれるがそこにもう傷はつかない。
……自分の武器、だから。
「…………わかったから。もう。おしごとしなきゃなのに、調子狂うじゃない。
……顔崩すわけにはいかないの。」
言い放って、馬鹿まじめなあなたに、伝わらないと嫌で、付け足した。
あなたのことが
「…………嫌なわけじゃないから。」
そしてまた、後ろを見ずに進む。
あなたが嫌なんじゃなくて、痛いのが、嫌なんだ。
そんなの、つたわるんだろうか。
…………後ろから声がする。
「……うん、分かった。ごめんね。」
…………内容に対して、明るい声で、ちぐはぐで。
少しだけ、とふりかえった。
あなたは……笑顔だった。
照り返しで、肌がひりひりするような、真っ白な笑顔だった。