21,06,08 Day7 濁流と砂漠とブリキ缶
いつもどおり、通常業務だ。
今回は荊の子の場所ではなく、別の所で。
そのまま適当に作業して、終わらせるつもりだった。
……が。
この前はなんかニヤニヤしてるだけだったやつが急になんか話し始めていた。
あーだの、こーだの。
……。
よくわからない、かつ、理屈とも感情とも取れない、ぐらぐらした文章。
どうやら、御伽噺の話、をしているようだった。
たしかにバレエの演目にはそういうの多いわよ、とだけ述べて。
その時何故かそれは私の瞳を覗き込む。
「貴方、気に入ったわ」
私が■してあげる。
そう言ってわたしのてを
さわってぬけだせなくてひきずりこまれてうごけなくていきができなくてなまあたたかくて、
「ぅ」
このまえとはちがうなにかにひっぱられてじぶんがわからなくなってそれがてんじょうやらてざわりやらぐにゃぐにゃり。あら、あなた。わたしににてるじゃないなんていわれたきがしてきのせいで、たくさんのひとにぐちゃぐちゃにされたきがするけどなにもわからなくて、きざまれて、とかされて、なでまわされて、いきがくるしくて、
ようやく、なんもみえなくなったところで、 目が覚めた。
……。
原因になったやつを殺した。
■とか、■とか、■とか。
にてるってなに。 ふざけないで欲しい。
そう思って入った次のとこに、また知らないうさぎがいて。
指示通り、嫌だって言って、手を振り払おうとして抑え付けられて
流し込まれて
散々かき回した表面ごとびりびりとした痛みが走る。わざとらしくこすりつけるぬくもりが、ゆっくりと肌を引きはがす。内臓ごとひっくりかえす。いきが、できない。口を開けたところにも、つめこまれて、言葉をならべられて、視界がかすんでいって
……この部門もだったの。そう。
10数年前でも覚えてるのか、適当に味わわないようにのみくだし、濯ぐものもないし無言で見てくるので口を開いて見せておわり。
とっとと帰ったけど、よく考えたらあのうさぎ、チップも作法も無しとか蹴られてた人より酷いじゃない。
クソ客にも程がある。
……そこまで思って我に帰って。
大急ぎでお湯で口濯いで。
吐きそうになってわかんなくなって。
所作が綺麗とかそう言う問題ではないんだって。
■とか、■とか、結局よくない方向にいくって。
そんなんばっかだ、って。
爪先蹴っ飛ばした時、 なんだか、そんな自分に
誰かが違うって言った気がした。
……そんなひと、いたっけ。
考えながら、廊下を歩いて、自販機の前に来る。
にしても、……どれがどれだかわからない。……味、とか。価格も、違うみたいだし。……お金、入れて買ってるのは、分かるけど。
……。
近くにいた女の人に、尋ねる。
黒い髪が揺れる。
「あの……どれ、買えば、いいですか。」
そのひとは、私を見て、ああ、とだけ言って、
「はぁ……選択もできないなら、従うしかないのよ。
ま、アンタからしたら従わされてるから、それでいいともいえるわね。」
少し迷った後に、……適当にボタンを押して、去っていく。
がこん、がこん。
……たしかこれは、オレンジジュース、だった気がする。
……何故か二つ落ちていたので、拾って、持っていくことにした。
……。
振り返っても、誰もいなかった。
缶の開け方は知っている。
ここにはグラスがないから、そういう時は直でのんでいい。
………もう先輩もいないし。
すこし、すすった。
……昔のんだものよりも、味が濃い気がする。好都合だ。
…………。
つい、口の中で、オレンジをまわす。
気を付けて、……ゆっくり、
…………のどの動きが、うごかして。
……ごまかすために、またすこしだけ、いれる。
…………。
はあ。
すると、なんだか音がして、レーテさんが帰ってきた。……同じような放送と、変なにおいと、同じ配属と。
変わらないのに、キラキラしてなくて、少し下がってる眉毛。
なんで、レーテさんもなんだろうな。
なんか、やだな。
……私はジュースを置いておく。
「……いるでしょ。」
声を掛けたら、すこし、光が戻って、きょろきょろする。……今置いたじゃない。
んで、
「……はい。いいのですか?」
ですって。
よくなきゃこんなこと言わないでしょう。
「いいも何も。水持ってきたのと同じでしょ。
……もらったの。ほら。」
小さい動物にやるように、缶をならす。
「それは確かに。……ありがとうございます、いただきますね。」
小動物にしては大きすぎる人が、そばに来てそれをとる。
そのまま、そこにいる。
…………。
ゆっくり見てみる。
レーテさんは、缶の横に書いてある何かを見ていて……多分、よくわからない文章なんだろうか。それで、缶のふたを両手で開けて、流し込むようにして、のんだ。
……缶が置かれる、乾いた音。
一瞬で消えた。
「……早いわね」
流石にびっくりする。彼女は、缶を覗き込んでる。
そんなことしても飲んだものは戻らないわよ。
「それはそうと。……どうせ質問してるんだろうし聞くけど、あのヘンテコデロデロモンスターの言っていること、何かわかった?」
私もジュースを口に含む。口直しにはいい。
「ヘンテコ……あのピンク色のやつですよね。聞いても、あれのいいようにされて終わりでした。……酷い気分にはなりましたが、それだけです。何も分かりませんでした。」
珍しく、彼女が足を投げ出して、うつむいた。
「……そう、じゃー結局、あれはわけわかんないこと言ってるだけってことね。……気持ち悪い奴。……んー。」
なんか、また頭がぼんやりしてきた。気持ちわる。
ごまかし、ごまかし。
「あるいは、私たち以外の誰かは分かるのかもしれませんが。……まあ、幻視物ですから。異常ではあるのでしょうね。」
……そういって、彼女は缶を爪ではじいた。
カラン、カランと乾いた音が響く。なんだか、何にもなくなったことを主張してくるみたいに。
と、
「貴方は、ゆっくりですね。」
ジュースを見て彼女がつぶやく。
全然減っていない缶は、多すぎて鳴りもしなければ、気色悪い液体の音を中で埋め尽くしている。
「……お腹、ちゃぽちゃぽするの苦手なの。」
なんだかジュースすら気色悪く思えてきた。
あなたが自分の体に手をあてる。
…………。
目の前に流されそうな大きな波が立っているみたいな。
……見たくなくて、小さくまるくなって。
なんもみえないように床を見る。
「……愛って、結局なんなのかしらね。……バレエにはよく出てくるのよ、言葉で。
……さっぱりだったわ。」
「昔、愛について本で読んだことがあるのです。もう一節しか覚えていませんが。
……美しいもの、らしいですよ。曖昧な定義でした。」
美しい、ねえ。少なくとも、連呼している奴は程遠い奴ばっかだったけど。
目くばせすると、レーテさんも首をかしげる。
「……バレエは、美しい踊りだと思いますが。それだとバレエ自体も愛ということになってしまいますね。」
はぁ?
え、愛って言うのはそんなに物っぽいやつなの?
……いやいやいや。
「……それは違うわね。だったら踊ってる私は、知ってなきゃおかしいもの。……多分?」
「そうですよね……」
彼女すら口を動かしては、顎に手を置く。
わけわかんなくなってきた。気を紛らわせようと含んだジュースから、なんか鉄臭さというか、くどさを感じて吐き出したくなる。
……気のせいかと思ってまた含んでも、同じで。なんなら、なにかが口に残る感触すらして。
……どうせなら。
「……いる?……飲みかけだけど」
傾げた首が、こっちに向いて、
「いえ、その、それは貴方の分ですので。」
そういって、顔をそらした。
なんだ、いらないのね。
そう思って、缶を床において、立ち上がろうと考えた……ら。
なぜか視線を感じる。
……ほしいって、目が言ってる。
…………いるんじゃない。
座り直す。と、すぐに聞いてくる。
「……やっぱり…、いただいてもよろしいでしょうか。」
ほらね。
「いいのよ。……飲まなきゃ捨てるだけだったから。」
手前のほうに、届くとこに、その缶を置いた。
「……。ありがとうございます。」
それを、いつもより控えめな手でとって、私みたいに両手でもって、少しずつ……飲もうとして飲めていない。
……なんだか、小さい子みたいだな、なんて思って。
少し、マシになった。
隣に座って、いつもより小さいその人に、合わせる。
「……本当に美しいものなのかしらね、……それ。」
「……本に書いてあることがすべて正しいとは限りませんから。もしかしたらそうではないのかも。……やっぱり、分かりませんね。」
同じ方向をみて、どうとも取れない貴方を見る。
「……また、わかんないの、ふえちゃったわね。」
「……分かんない事だらけです。」
その顔が、どこかこそばゆくて、
なんだか、わたしも悲しくなって、どうしようもなくて。
…………。
何とかしたくて、でも、何にもならないのかもしれなくて。
伸ばした手が届かないのなんか知ってて。
「……まあ、でも。…………怒られないし、アンタがいるだけ、いいわ。
…………一人でぐるぐるしているより、よっぽど。」
なんて、いいながら、どうしようもなく、はじけそうになった。
でも、あなたは、そんなこと気が付かなくて。
それが、少しうれしつて、すこし、さびしい。
「そう……そうですね。誰かと一緒に考えられるのは、いいことです。
その……愛、についても、今後わかれば共有しましょう。もちろんほかのことも、何かあれば。」
いつもの顔に戻って、私を見る。
……共有。……今後も、いっしょに考えようって言葉は、確かにうれしくて。
「……そうね。そうよ」
までいって、
「……ともだち、なんでしょ。」
…………つけたして、しまった。
ともだち。そう、ともだち。
あなたもつぶやいて、
「はい、友達ですから」
って言って笑った。
缶の中身は、ほとんどあなたが飲み干してくれた。
なくなった缶の行き先を話して、おやすみなさいなんて、言って。
そのまま終わりそうだったのが、どこか嫌で。
「ねぇ!」
なんて呼び止めた。
「……呼び捨てでいい?」
あなたは遠くでも私の言葉を聞いて、
「もちろんです。お好きに呼んでください。」
って言った後、さっきみたいに迷った。
と、
「私も、その。呼び捨てでもいいでしょうか。」
そう、確かに言った。
「いいわよ。……」
でもあなたいつも敬語じゃない。
呼び捨てと敬語って言うのは、違和感がある。
「む、それはそうですが。その、ともだちですので……?」
「……?
よくわからないわね。無理やりなら、やめたら?……私は、その。
……呼びやすいからだし。」
いつもと変化がなくて、……直感だったが。
別に友達だからとかではなくて。
……と、つけたすと。いつもより、むきになって貴方が言う。
「いえ、貴方がいいのであれば呼ばせてください。えっと……この話し方になった経緯があまりいいものではないので。少しでも変わりたいのです。」
そんなことを。
……初めて聞いて。
「……そうなの。」
さすがに、びっくりした。……し、
なんだか、すこし、うれしかった。
あなたのそれが、まさか、「演目」だったなんて。しかも、それをなくしてくれるなんて。
なんだか、二人で隠し事してるみたいで。
……そんだけ、疑わなくていいみたいで。
うれしい。
「……じゃあ、いい?
ここでは、「です、ます」は無しよ。
……わたしはオーロラ、あなたはレーテ。
……分かった?」
わざと、お姫様みたいに動いたりなんかして。貴方のことを見て。
夢を見ているようで。
「わ、わかりま、……わかった。がんばる。オーロラ。」
口をもごもごしながら、かくかくと話すあなたがおかしくて。
全部どうでもいいくらい、うれしくて。
「んふふ!
やくそく、ね。……ダメならダメでいいから。
……おやすみ、レーテ。」
なんて言って駆け込んで棺に隠れた。
あなたはかくかくとしたまんま、作り物みたいに動いて、笑って。
「う、ん。いえ、いや、やるので。ダメじゃない。
……おやすみ、オーロラ。また明日。」
ガシャンガシャンうごいて、もどってって。
それがまた、面白くて。
…………どうせなら。このまま、ずっと、この時間が続けばいいのに。
なんて。
夢を見ながら、微睡んだ。