99,05,22 4 years わたげつかみ
猫がいた。
……いつだか覚えてないけど、わたしのそばに猫が来た時があって。
わたしはそのころ本当に何にも掴めなかった手を、前に伸ばした。
ゆっくり鉄格子の隙間から伸ばしたその手は。
たしかにふわっとして、今までの気持ち悪い何かとは違って、
そこに感触があって。
わたしはその時に初めて、こんなものもあるんだって思った。
………。
それは、 いつもの声がした瞬間、いなくなっちゃって。
とおく、とおくに、はしっていって。
その時、真っ赤なものよりも、おなかの苦しさよりも、
それだけが、 それだけが、
わたしのこと、
ズタズタにしたんだ。
ついてこいって言われたとこに、猫がいた。
「カルメン」さんが大丈夫って言った男の人……「ジーク」さんだっけ。
が、むずかしいしわかんないことを話していて、聞いててもあれだよな、なんて言うから。
ちょっとしたところで待つ間、ちっぽけでなんもない、変な場所で。
でも、慣れたところというよりは、少し緑とかあるみたいな場所で待っていた。 「路地裏にもこんなことあるんだねー。巣に近いからかなぁ。」
座り込んで、手を引っ込めてるこの人……の声。
反応しなきゃ、だなぁと思いながら見て、頷くしかできなくて、戻って。
猫はまだそこにいた。
ふわふわで、ちいさくて、かわいくて、手のひらに収まって、うごいて、 ……。
近づかないとな、って思って、脅かさないようにゆっくり目をそらして、少しずつ近づいた。
猫は……逃げなかった。
ゆっくり近づいてくる。
わたしは、そこにすわる。
だって、あの時は立てなかったから。
立てない足を折りたたんで、 ねこは。
あの時よりも近づいてきた。
……でも、わたしはこれ以上手を伸ばせない。
だから、 「……おいで」 って、声をだす。
少しずつ理解して近づいてこようとするねこ。
ゆっくりそれを、待って。
触れるところまで来たから、手を、伸ばした。
触れた。
……ふかふかして、あたたかくて。
……音がする。
怒鳴り声が聞こえる。
猫は、ゆっくりと、 方向を 変え、
……また
わたしを
おいてく の?
………ゆるさない。
私は手を掴む。掴んだ手に痛みが走る。
暴れるそれはわたしを引き裂くのと同じ動きをしている。
お前のせいだ。
それのくびをつかむ。
……ひっかいた。
攻撃したなら、お仕置きが必要だ。
言うことの聞かないやつは聞くまで殺し続ける必要がある。
暴れようが腕くらいなら問題はない。お前だけは許さない。お前のせいであの痛みを感じることになったのだから許すわけがないだろ。何を言っているんだ。お前なんか。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺して
「オーロラ!!」
誰か声がして後ろに引っ張られてそのまま倒れ込む
!
手を離して相手の急所を狙って繰り出した骨は押さえ込まれて当たらず、 ふわふわとしたそれは目の前でまた逃げて行って。
……いたい。 またおいてくの?またみごろしにするの?またいつもよりいっぱいくるしめられなきゃいけないの? そんなの、そんなの!
「ゆるさない!」
目の前の敵の首を狙ってとどかなくて髪の毛を引っ張って首を
やろうとして持ち上げられてこわい、こわい、こわい
「おいおいおいおい、やめとけやめとけ、俺だぞ、怖くないひと!」
ふわふわする上に空中にういて逃れようとしてもぬけなくてぬけだせなくてただ空を切って
「おーい!!「クララ」呼んでくれなーい!」
なにがなんだかわからなくてぐるんってして、 なんもみえなくなって、ぐっちゃぐちゃになってきえた。
「なんで持ち上げたんですか。大馬鹿ですか?触れるなってあんだけ言ったのに」 「ジーク」に向けて、近づいてくるのは世話役の「クララ」だ。
気を失った小さな命は、すぐに彼女に渡される。
「……猫。」
「はい?」
「…オーロラちゃん、猫を殺そうとしたんだよ。」
「ジーク」は、いつもの穏やかさなど別のように、冷静な声で言う。
「………そうですか。」
「クララ」は、それを聞いてつい、下を向く。
「かわいい物、すきだよな」
「ええ。すぐにバレエの服に興味を持つくらいですから。」
「……「カルメン」は嫌いだからなんとかなってるけどねぇ。…これはなかなか、大変なことだぞ。なにより、護衛任務とか配送任務とかの支障になる。全く、あの人は無計画なんだから。困っちゃうなぁー」
ため息が一致する。
「クララ」は隠せない悲しみを湛えた目をしている。
「……私にできることは、しますが。気絶してしまっては教えることもできない。………」
「……治るかねぇ。」
「治らないと、1番辛いのは本人です。」
「それは、やだな。」
通信用デバイスに無機質な音が響く。
小さな少女は、この事務所で1番穏やかな人に抱き抱えられて運ばれる。
感情のエネルギーがどうしようもないことなど、誰もがわかっていて、
それでも離せない小さな手が、そこにいた。