11,01,23 16 years つきのひかり
バレエを、仕事として、踊れなくなって。
……私の、価値が、なくなって。
部屋で、寝ていた。
…………行け、といわれた場所に行っても。
胡散臭い大人に、関係がまずいだとか。おかしいだとか。
本当は別の場所にいなくちゃいけないとか、お前はここにいるべきでないとか。
そんなこと、しか、いわれない。
あんぜんとか、あんしんとか、呪文みたいに言って、騙そうとしてきたし。
薬も、飲むと私を殺そうとしてくるみたいになって。
…………。
何もしてないと、殺されるはずなのに、生きてて。
ご飯を食べろとかも、全部、遠くなって。
何よりも、それを進めてくる、人たちは。私が信じてたはずの人で。
…………。
どうするんだろう。
この身を売るんだろうか。大人になってしまって、狂暴だと、今飲んでる薬みたいなの飲んで寝かされるんだろう。そのうちに解体されるならまだましかな。暴れるのを殺すのが好きな人に買い取ってもらったほうが、高く売れるから、きっとそうなるんだろう。
…………そのために、痛いのにならしたとか。
私は小さいころから見た目と細さと汚さだけは変わらなかったけど、ああ、だからここでこうきれいに見世物みたいに出来るようにしたんだ、じゃあそっちもあり得るのか。ふぅん。そのままこっちにお金をこう入れてってもらったりするんだろう。
…………そのための、踊り子、とか。
使い物にならない奴なんて必要ないはずだからそろそろ私はいなくなるんだろうな、今までの環境はきっと全部夢で…………もしかして最近行けって言われる場所で実験体にでもなってるとか。それはありえる。出ないとあんなに行けって言うはずがない。
…………ふ、ふふ。
早く死なないと、死ぬよりひどい目にあうんだろうな、なんて。
…………。
きっと、もう、何もないんだろうな、なんて、思って。
…………
だれも来ない部屋。
それでも、ずっと、誰かがいる部屋。
…………でも、なぜか、動けなかった。
その日はたしかに雪が降っていたような気がした。
なぜか、彼は私の部屋に来た。
……。
ずっと来なかったし、…………今さら、だった。
何も話したくなかった。
いつもみたいに流れる涙が、もうどうでもいいみたいに肌を裂いてくる。
「……オーロラ?」
あなた……がおびえたような瞳で私を見る。
…………ああ、
ばけものを見る目なんだろうな、それ。
……。
…………どうして、あなたまで?
「テレプシコラ、私知ってるの。」
「何を。」
もうかくさないでほしかった。きっと、あなたは私を最後のよしみかなんかで見に来ていてなんて、考えたくなかった。
いっそ楽にしてほしかった。
そのまま口に出す。
「貴方が私のこと嫌いなの」
あなたは多分断るだろう。そのくらい分かっていた。でも私は知っていた。
知っている。
「……そんなわけないだろ」
あなたの瞳にあるそれは私のことが嫌いだから。私が化け物に見えるから。
「……だって、じゃないとそんな瞳はしないもの。」
「……どう言う意味っすか。それ。」
吐き捨てられるその棘が証明しているんだ。
「……そのままの意味よ。貴方はいつもいろんなものを見て、キラキラとさせてて、それが、それが……」
「……オーロラの瞳も?綺麗じゃないっすか。」
相変わらず夢みがちで、簡単に言うんだ。
…………それも、騙そうとしてるなんて、考えたくなかった、けど。
「そう言うことじゃない。話題を逸らさないで。」
でも、次に、あなたは。
「……そらしてなんか、ないっすよ。……その。」
目を泳がせてこういった。
「……最近。どうしたんすか。……オーロラ。……俺は、普通に仕事しなきゃいけないだけで。……それは、オーロラも同じじゃないっすか。………オーロラも、おんなじとこ入れてもらったりして。……なんとか、出来る限り、落ち着けるようにしてる、はずっすよね。………えっと。」
…………。
あなたの瞳に映る私は。
「あ……っと……」
…………「私」ではないって、分かってて。
分かっていた、はずだったのに。
…………。
「………」
…………限界だった。
「だからなに?貴方に私のなにがわかるの?貴方はずっとここでのうのうと暮らしてたんでしょ?ここで!ずっと!」
「わたし」が叫んでいた。あなたはそれをみておどろいた。
また「わたし」を置いていくんだと思った。そんなの許せなかった。
「どうして下がるのよ、わたしのことしんじられないっていうの?」
「いや、」
おべんちゃらなんて聞きたくなかった。「わたし」を見ようともしない貴方が、そんなこと軽々しく言えるはずがないじゃない。
「嘘つき、本当はわたしのことなんて好きじゃないくせに」
「……そんな、こと」
そんなことも何もない。その手はなに。そんな風にまた同情したふりをして殺そうとするんだ。私はこの手順を何回も知っている。そこの医者だってそうだった。
「いっつもそういうけど根拠はあるわけ?貴方が母親みたいなことをしてないっていう証明はできるわけ?」
みんなどこかにいってしまった。みんな私を見捨ててしまった。みんなが私を殺した。どうしたもこうしたもない。私を殺したのは貴方たちでしょう。
「……」
だからなにも言わないんでしょう!あなたでさえも!
「いい加減にしてよ!私がどうなろうが知ったことないからそんなことできるんでしょうその目で見てるのも本当に信じてないからできることなんでしょう私と一緒になんでいてくれないからそんな顔をするんでしょうどうせ、どうせ、私のことなんて考えてないからそうやって」
近づこうとしたあなたの影が揺れた。
……私を殺した人の影。
「わたし」をぐちゃぐちゃにしたひとのかげだった。
「……は、離れて!向こうに行って!こないで!」
叫んでも誰にも聞こえない私は切り刻まれてどこにもいない全部嘘だった、なにもなくなってしまったもう何もないあなたすら化け物になってしまった。もうどこにも何もないの全部嘘だ全部なくなってしまった私の、私の、私の、
わたし、の…………
…………。
「……そうか
こんな気持ち、だったんだ……」
あなたのこえがした。
かおをあげると、そこには「なにもなかった」。
…………あれ。でも、たしかにあなたのはずだった。
あなたは、
わたしみたいに、かおをそらして、えがおをつくった。
「ようやく、わかった。
ごめんな、俺、わがままで。」
そこに、いつもみたいな、ひかりが、ない。
…………。
「………テレプシコラ?」
………あなたがいない。
「……ん、…ごめんな、俺が悪かったから。本当に、何にもわかってなかったんだ。…その通りだよ、「オーロラ」」
あなたが、わらいをつくる、それが、
あまりにも、「くうはく」で。
「……あ…」
あなたが、いなくなってしまう、きがして
「大丈夫、もう、こわいことしないから。……」
てをのばしたらあなたはうしろにさがってしまって、
「まって」
こえはとどかなくてむきをかえたあなたのてがとおくて
「ちがうの、」
とおく、とおく、きえていくあなたのことをおもいだして
「ちがう、ちがうの!」
てをのばしてとどかなくて
「そんなつもりじゃなかった!そうじゃなかったの!」
こえがきこえなくて、わたしのあしが、うごかなくて
「ごめんなさい、あぁ……ごめんなさい」
おいかけることもできなくて、
「ごめんなさい」
そのままじめんにくずれおちて
「ごめん、なさ………」
あなたがいない
どこかにいってしまった
あなたが、いない
わたしが、
わたしが、
「そうだ、おまえがころしたんだ。おまえはあたまがおかしいんだ。」
…………。
きがついたらあたりはくらくなっていて、わたしをはこぶようなおとがした。
ゆっくりとたちあがるとそこにはかべがあった。
かべからわたしをせめるこえがきこえる。
それくらいとうぜんのことをした。あたまがおかしいんだ。
ならあたまをなおさなければ。
せーの。
ゴン、というおとがする。
たりない。
ゴン
たりない。こんなんじゃ。なおりはしない。
ゆがんだしかいにてんじょうがうつる。
わらってる。わたしはきたないってわらってる。
きたないわたしはいらないんだって。
わたしがいけないからわるい。
…………ぜんぜんなにもかわらない。
こんなのいみない。
たりない。
……びんのなかみ、ぜんぶ、くちにいれる。
のどにひっかかる。
だれかのどなりごえ。
ああ、うまくのめない。
ごめんなさい。ごめんなさい。
どうすれば
どうすれば。
むかしの、くろーぜっと。
きれいなふく。
まとわりつくぬの。
…………くるしい。
たり、ない。
だめだ、だめだ、なにもない
なんもなくなってしまった。わたしはもうどこにもいない。
いないんだからなにもなくなりたい。こんなものいらない。
はやく、らくに、らくに、して。
そのとき、
目に入ったのは、じぶんの足にまとわりついた、リボンだった。
…………。
おんなじように。
ぶらさげて、外れないようにむすんで、最後に夜の光を見た。
揺れるカーテンをみて、あなたのえがおが、こっちをむいて、きえた。
………きれいな、つきのひかりだった。